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熊本地方裁判所 昭和32年(ワ)36号 判決 1958年11月06日

原告 藤沢昌男 外一名

被告 藤沢第一建設株式会社 外一名

主文

被告等は各自原告藤沢昌男に対し金九八、六〇五円及びこれに対する昭和三二年八月二八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告等は各自原告上田賢一に対し金二六、八八六円及びこれに対する昭和三二年八月二八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告藤沢昌男のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中原告藤沢昌男と被告等との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告藤沢昌男の、その余を被告等の連帯負担とし、原告上田賢一と被告等との間に生じた分は被告等の連帯負担とする。

本判決は原告藤沢昌男において被告等に対し各金一五、〇〇〇円、原告上田賢一において被告等に対し各金五、〇〇〇円の担保を供するときはいずれも仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は「被告等は各自原告藤沢昌男に対し金四四四、九七四円、原告上田賢一に対し金二六、八八六円及び右各金員に対する昭和三二年八月二八日以降各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告藤沢昌男は肩書住所で線香、石鹸、ローソク、マツチ、油類の卸売を業としている者、原告上田賢一は昭和三〇年四月以降原告藤沢昌男に食事附月給三、五〇〇円で雇われている者である。

二、被告藤沢第一建設株式会社(以下単に被告会社と称する。)は土木、建築請負を業とし、被告藤沢孝則は被告会社代表取締役社長であつて、使用者たる右会社に代り右事業を監督する者である。

三、被告藤沢孝則は昭和三〇年一二月一九日熊本市花畑町記念碑前十字路において、無免許の訴外北野福孝に被告会社所有の自動車(ジープ以下同じ)を運転させてこれに乗車し進行中、右自動車の運転者たる右訴外人は、右折する場合には大曲りにて右折し、且直進車を優先させるべき交通規則があるのにこれを無視して小曲りにて右折し、原告藤沢昌男の商用のためその所有の原動機附自転車(オートバイ以下同じ)に乗車し、時速一五粁位の速度で直進中の原告上田賢一の右側に右自動車を激突させて、右原動機附自転車をその場に顛倒させ、因つて同原告に「右大腿骨折並びに右下腿複雑骨折並びに右足関節挫滅創」を蒙らせ、右乗用中の原動機附自転車を大破させて使用に堪えないものとした。

四、被告藤沢孝則は原告上田賢一を右傷害のため直ちに熊本市練兵町二五番地片岡病院に運び診療を求め、治原費一切の責に任ずることを右病院長に約し入院させ、尚当夜被告藤沢孝則の妻某も原告上田賢一を右病院に見舞つた。しかしながら治療成績が順調でないので、原告上田賢一は昭和三一年六月一五日右病院を退院し、熊本労働基準局の斡旋により即日八代市竹原町熊本労災病院に入院し、再手術を受け、昭和三二年八月二七日ようやく退院することができたが、その間被告等は前記片岡病院に対し輸血用血液代金五、〇〇〇円を支払い、昭和三一年四月五日被告会社の先日附小切手で同病院に対し金二万円の治療費を支払つたまゝ、その余の支払をなさないものである。

五、原告上田賢一は右事故のため、事故の翌日たる昭和三〇年一二月二〇日以降から同三二年八月末日まで休業治療し、月金三、五〇〇円の一〇〇分の四〇の割合による賃金合計金二六、八八六円の得べかりし賃金を喪失した。

六、原告藤沢昌男は原告上田賢一の使用者として左記損害を蒙つた。

(一)  労働基準法第七五条により負担した療養費

(1)  金三一、一一五円

昭和三〇年一二月一九日から同三一年六月一五日までに要した片岡病院における原告上田賢一の入院治療費合計金五六、一一五円から被告会社が支払つた前記金二五、〇〇〇円を控除した残金

(2)  二三六、六五三円

昭和三一年六月一五日から同年八月二七日までに要した熊本労災病院における右原告の入院治療費

(3)  金三五、四〇〇円

右原告の片岡病院入院中一七七日間一日金二〇〇円の割合による附添看護人報酬金

(4)  金四九、一〇六円

右原告の片岡病院入院中一七七日間一日金二七八円の割合により要した附添看護人及び同原告の食費

(二)  労働基準法第七六条により負担した休業補償金

金四二、七〇〇円

原告上田賢一に対する昭和三〇年一二月二〇日から昭和三二年八月末日までの月金三、五〇〇円の一〇〇分の六〇の休業補償金

(三)  金五〇、〇〇〇円

前記事故により大破した原告藤沢昌男所有の原動機附自転車はポインター三〇年型90ccで昭和三〇年五月下旬熊本市出水町下村モータースから代金九〇、〇〇〇円で買受けたものであるが、事故当時なお金六万円の中古品としての価値を有していたものであつて、事故のため他に代金一〇、〇〇〇円にて売却したのでその差引損害金

以上(一)乃至(三)の損害金合計金四四四、九七四円

七、前記事故は無免許運転者たる訴外北野福孝が被告会社の業務執行中、重過失により発生させたものであるから、被告会社は右訴外人の使用者として、民法第七一五条第一項により、被告藤沢孝則は右会社代表取締役として、同法第七一五条第二項により、夫々原告上田賢一に蒙らせた損害を賠償すべき義務があるものである。(訴状によると原告等は被告会社に対し民法第四四条により代表取締役たる被告藤沢孝則がその職務を行うにつき第三者たる原告上田賢一に加えた損害の賠償を求める旨記載してあるようにも解されないことはないが、右記載は前記事実関係を基にした原告等の法律上の見解を記載したに過ぎず、本訴において原告等は被用者たる訴外北野福孝の不法行為につき被告等に対し民法第七一五条第一、二項の責任を問う趣旨と解する。)しからば、原告藤沢昌男は原告上田賢一の使用者として労働基準法により夫々前記六、の(一)(二)記載の医療並びに休業補償をなしたので、被告等にこれを求償し、且前記六の(三)記載の損害賠償を求める権利を有し、原告上田賢一は原告藤沢昌男から補償を得なかつた前記休業により喪失した得べかりし賃金に相当する損害金につきこれが損害賠償を請求する権利を有する。

よつて、被告等に対し夫々前記損害賠償並びにこれに対する原告上田賢一の退院の翌日たる昭和三二年八月二八日以降完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告等主張事実中訴外北野福孝が被告会社に雇傭されていた者でないことは認めるが、右会社は右訴外人の自動車の運転につきこれを指揮監督する地位にあつたものである。その余の被告等主張事実は否認すると述べ、立証として、甲第一乃至九号証、同第一〇号証の一、二、同第一一号証の一乃至五、同第一二号証の一乃至三、同第一三乃至二六号証を提出し、証人片岡孝明、同中村正信の各証言、原告両名各本人尋問の結果を援用した。

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、被告藤沢孝則が原告主張の自動車に乗車していたこと、訴外北野福孝が右自動車を運転していたこと、右訴外人がその運転する自動車を原告上田賢一の乗車する原動機附自転車に衝突させたことは認めるが、その余の事実は争う。訴外北野福孝は被告会社の被傭者ではなく、且右事故は被告会社の業務執行中に発生したものではないから、被告会社に責任はない。すなわち訟外北野福孝は酒場のバーテンを職業とする者であつて、以前二、三回運転の経験を有していたので、偶々被告会社の運転者が不在の際「私がやりましよう」と勝手に運転したものである。また原告藤沢昌男はその主張の補償金の支払をしていないから、被告等に対する求償権を有しない。仮に被告等に損害賠償の義務があるとしても、原告上田賢一にも過失があるので過失相殺を主張すると述べ、

立証として、証人北野福孝、同藤沢百合子、同岩崎陽一、同児玉輝夫、同田川接郎の各証言及び被告藤沢孝則本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

被告藤沢孝則が原告主張の自動車に乗車していたこと、訴外北野福孝が右自動車を運転していたこと、右訴外人がその運転する自動車を原告上田賢一の乗車する原動機附自転車に衝突させたこと、右訴外人が被告会社に雇傭せられている者でないことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一乃至三、同第一一号証の一乃至五、同第一二号証の一乃至三、同第一三乃至一五号証、証人北野福孝、同児玉輝夫の各証言及び同藤沢百合子の証言の一部、原告上田賢一本人尋問の結果を綜合すれば、訴外北野福孝(昭和九年一月二〇日生)は被告会社代表者代表取締役である被告藤沢孝則の妻訴外藤沢百合子が熊本市下通町四丁目において経営する酒場の店員(バーテンダー)として昭和二九年六月頃から勤務する者、被告会社は土木、建築請負を業とする会社であるが、右訴外北野福孝は予て被告会社の自動車運転者であつた訴外児玉輝夫から右会社所有の自動車を使用して、運転の指導を受けていたところ、昭和三〇年五月頃から、運転者不在の折には無免許のまゝ屡々右会社所有の自動車を運転していたものであること、昭和三〇年一二月一九日午後七時三〇分頃前記酒場に右会社所有態三-六五〇号自動車に客と共に乗車して来た被告藤沢孝則から、運転者の訴外田川接郎が一時不在のため、被告会社の所用のため、熊本市船場町吉田商店まで、右自動車を運転するよう依頼されたのでこれを承諾し、被告藤沢孝則及び同行の客を乗車させて該自動車を運転し、同日午後七時四〇分頃、東、新市街方面から西船場町方面に通ずる道路上を船場町方面に向け時速約四〇粁の速度で進行し、同市花畑町記念碑前十字路に差し蒐つたところ、右交叉点において、前記道路上前方約二〇米の個所を船場町方面から新市街方面に向け、熊本市第五一六七号原動機附自転車に乗車し、時速約一五粁乃至二〇粁の速度で直進し来たる原告上田賢一を認めながら、同原告が交叉点中央部附近を通過して更に近接し来たるのに、同原告は左折するものと速断し、何等の考慮を払うことなく且何等の警告を発することなく、右交叉点中央部内側において(すなわち小曲りに)、前記速度のまゝ突然右折し、前方四乃至五米位の処に進行中の前記原告を発見して周章狼狽して急停車の措置を措つたが及ばず、交叉点中央より三米位内側において、同原告の乗車する前記原動機附自転車の右側に自動車の前部を激突させて右自転車をその場に顛倒させ、よつて同原告に治療約一年八ケ月を要した右大腿部骨折、右下腿複雑骨折の傷害を蒙らせると共に、右自転車を大破したことが認められる。被告藤沢孝則本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、訴外北野福孝は無免許であるから自動車の運転をなすことを得ないことは当然であつて、無免許のまま運転した点において既に重大な過失が存するものというべきであるが、殊に成立に争のない甲第一二号証の一、二(実況見分書)によれば、前記交叉点は東、新市街方面から西、船場町方面に通ずる幅約一二・七米(両側歩道を除く)の道路と、南山崎方面から北熊本県庁方面に通ずる幅約二一米(両側歩道を除く)の道路の交叉する地点であつて、東西約二、三百米の間一直線に見透される平担地であり、交叉点南寄道路中央に記念碑が在り、その南側に「産交バス」中央停留所が、北東には「市営バス」花畑町停留所がある上に繁華商店街に近接し、また諸官庁、住宅等立並び、交通最も頻繁な個所であつて、殊に午後七時四〇分頃の夜間であるから、かような交叉点で右折しようとする自動車運転者は道路交通法規を遵守し「あらかじめその前からできる限り道路の中央によつて交叉点の中心の直近の外側を徐行して回り」(法第一四条第二項)「手信号による交通整理の行われていない交叉点で右折しようとする車馬は直進する車馬があるときはこれに通路を譲つて一時停車するか又は徐行しなければならず」(法第一八条の二第一項)「車馬の操縦者は、右折しようとするときは、手、方向指示器、その他の方法で合図をしなければならない」(法第二二条)のは勿論絶えず前方並びに側方を注意して危害の発生を未然に防止すべき注意義務を負担しているものというべきところ、前記認定の事実によれば、訴外北野福孝は右注意義務に全て違反し、むしろ、右注意義務を無視しているものといえる。すなわち、前方反対方向から右訴外人の方向に向け直進した原告上田賢一の乗車する原動機附自転車の速度は訴外北野福孝の運転する自動車の速度の二分の一以下であると認められるから、右北野福孝が右折した際には原告上田賢一は既に交叉点中心部を過ぎ、幅員二一米の道路を三分の二近く横断し終つていたことが推認され、且前記甲第一二号証の一、二によれば、同原告の進行方向の道路についていえば、その最左端を進行していたことが認められるので、前記北野福孝が若し前記注意義務に従つてできる限り道路の中央によつて交叉点中心の直近の外側を徐行し、且右折することを合図して回つたとすれば、絶対に原告上田賢一に衝突することはなかつたものと認定される。してみれば右事故が訴外北野福孝の前記注意義務に違反する重過失によるものであることも明かである。被告等は右事故の発生には原告上田賢一の過失があると主張し、成立に争のない甲第一一号証の二、同第一三号証には被告等の主張に副う記載があるが、措信し難く、また前記認定によれば、訴外北野福孝は原告上田賢一を前方に認めながら、同原告が左折するものと速断して、右折したことが認められるが、成立に争のない甲第一一号証の二乃至四、同第一二号証の一を綜合すると、原告上田賢一は右訴外人の運転する強烈な前照燈の中にはいつたので自己の乗車する原動機附自転車の前照燈の光度を弱める措置を採りながら、前記交叉点中央部を更に左寄に進行したところ、右訴外人は独断的に同原告が左折するものと断定したことが窺われるものであつて、同原告はむしろ衝突を避けるためその場合採り得る最善の措置を採つているものと認められるので、右事故につき同原告に過失があるものということはできず、他に同原告の過失を認めるに足る証拠はない。

而して、前記認定の事実によれば、訴外北野福孝は被告会社代表者である被告藤沢孝則の妻の経営する酒場の店員であるけれども、予て被告会社の運転者が不在の際は右会社の自動車を運転しており、前記事故当日も被告藤沢孝則の依頼によつて前記自動車を運転したものであつて、右自動車の運行につき被告会社の指揮監督下に置かれていたことが認められるので、訴外北野福孝が右会社との間に雇傭契約により雇傭されている者でないとしても、被告会社の被用者というに妨げないものと解すべきである。而して、右自動車の運転が被告会社の所用のためになされたものであることも前記のとおりであるから、右事故は被告会社の業務執行中に発生したものといわねばならない。さすれば、被告会社は使用者として、その指揮、監督下にある訴外北野福孝が右不法行為により原告上田賢一に対し蒙らせた損害につき賠償の責に任ずべきであり、被告藤沢孝則は右会社の代表取締役として使用者に代り事業を監督する者と認められるから、民法第七一五条第二項により個人として損害賠償の責任を負うものというべきであり、被告会社と被告藤沢孝則の右債務は不真正連帯債務の関係に立つものといわねばならない。

よつて、損害額につき考えるに、成立に争のない甲第一乃至九号証、同第一六乃至二六号証に、証人片岡孝明の証言、原告上田賢一本人尋問の結果、原告藤沢昌男本人尋問の結果の一部(後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、原告上田賢一は昭和三〇年一二月一九日前記傷害を受け、即日熊本市練兵町二五番地片岡病院に入院して治療を受け、昭和三一年六月一五日治癒しないまゝ退院し、即日八代市竹原町一六七〇番地熊本労災病院に入院治療を受け昭和三二年八月二七日退院し、その間片岡病院において、治療費合計金五六、一一五円、附添看護料一日金二〇〇円宛一七七日間合計金三五、四〇〇円を要したこと、右治療費の中金二五、〇〇〇円を被告会社が支払い、残金三一、一一五円を原告藤沢昌男が支払つたこと、熊本労災病院において治療費合計金二二一、四一三円を要したこと、原告上田賢一は事故当時原告藤沢昌男に雇われ、食事附月金三、五〇〇円の賃金を得ていたところ、右休業療養期間中原告藤沢昌男から右賃金の一〇〇分の六〇に相当する合計金四二、四九〇円(期間昭和三〇年一二月二〇日以降同三二年八月二七日まで)の休業補償を受け、残余の一〇〇分の四〇に相当する少くとも原告等主張の合計金二六、八八六円に相当する得べかりし賃金を喪失したことが認められる。原告藤沢昌男の供述及び被告藤沢孝則の供述中右認定に反する部分は措信し難い。原告等はその他片岡病院に入院治療中原告上田賢一及び附添看護人の食費として一日金二七八円の割合による金四九、一〇六円を要した旨主張し、同期間中相当金額の食費を要したことは肯認し得ないでもないが、原告等主張の金額についてはこれを認めるに足る証拠はない。次に証人中村正信の証言及び原告藤沢昌男本人尋問の結果を綜合すれば、前記事故により原告はその所有の熊本市第五一六七号原動機附自転車を大破され使用に堪えなくなつたので、これをその頃訴外中村正信に対し代金一〇、〇〇〇円で売却処分するの已むなきに至つたが、右事故当時右自転車の価格は金三五、〇〇〇円位であつて、差引金二五、〇〇〇円の損害を蒙つたことが認められる。

よつて次に、原告藤沢昌男は、線香、石鹸、ローソク、マツチ等の卸売を業とし、原告上田賢一を雇傭していたところ、右上田賢一が原告藤沢昌男の右業務執行中前記事故により負傷したので、同原告は労働基準法第七五条、第七六条により、原告上田賢一に医療並びに休業補償をなしたからこれが求償をなすと主張するから考えるに、労働基準法第七五条によれば「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」同法第七六条によれば「労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の一〇〇分の六〇の休業補償を行わなければならない。」旨規定し、原告両名本人尋問の結果によれば、原告藤沢昌男がその主張の事業を経営し、原告上田賢一は原告藤沢昌男に雇われ前記給与を得ていたところ、同原告の業務上前記事故により負傷したことが認められるから、原告藤沢昌男は前記労働基準法の定めるところにより、労働者である原告上田賢一に対し、前記労働基準法の定めるところにより療養並びに休業補償をなすべき義務を負うものというべきである。ところで、労働者が第三者の不法行為により負傷した場合は労働者は使用者に対し前記補償を請求する権利を有すると共に、第三者に対し不法行為による損害賠償請求権を有するものと解すべく、右両請求権の関係については議論の存するところであるが、両者併存するものと解するのが相当である。而して、使用者が補償した場合には、労働基準法第八四条第二項の規定の趣旨により、労働者は補償を受けた価額の限度において、第三者から更に損害賠償を受けることを得ず、この場合補償をなした使用者は公平の原則により補償した価額の限度において、民法第四二二条の類推適用により、当然労働者に代位し、労働者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得するものと解すべきである。(労働者災害補償保険法第二〇条参照)

以上の解釈に立脚して原告藤沢昌男の請求につき考えるに、前記認定によれば、同原告は原告上田賢一が本件事故により負傷した後前記片岡病院に対する右原告の入院治療費の中金三一、一一五円を支払つたこと、右原告の休業補償として月金三、五〇〇円の一〇〇分の六〇の一月金二、一〇〇円の割合による昭和三〇年一二月二〇日以降同三二年八月二七日までの間の賃金合計金四二、四九〇円を支払つたことが明であるから、使用者である原告藤沢昌男はその補償した価額の限度において、労働者たる原告上田賢一の第三者たる訴外北野福孝並びにその使用者たる被告会社及び同会社に代り事業を監督する被告藤沢孝則に対して有する損害賠償請求権を取得したものというべきであり、被告等は原告藤沢昌男に対し連帯して同原告が支払つた前記補償金額七三、六五〇円の限度でこれが支払をなすべき義務があるものといわねばならない。

よつて、原告藤沢昌男の本訴請求を、右補償金額に相当する金七三、六〇五円、原動機附自転車の破損による損害金二五、〇〇〇円の合計金九八、六〇五円及びこれに対する損害発生後であること明かな昭和三二年八月二八日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の請求を失当として棄却し、原告上田賢一の請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉)

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